田舎暮らしがしたいのに、なぜ移住できないのか|まず「暮らしを試す」という選択
田舎暮らしに憧れていても、仕事、子どもの学校、住まい、人間関係など、今の生活には簡単に手放せないものがあります。
だから「移住できない=本気ではない」とは限りません。
屋久島の海風では、今の生活を捨てることなく、1週間〜数ヶ月だけ田舎で「暮らしを試す」という選択肢を提案しています。
私は今、屋久島で暮らしています。
自然の中で暮らし、自分で仕事をして、家庭菜園をしたり、家を直したりしながら生活しています。
そんな生活をしていると、ときどき、
「そんな暮らしをしてみたい」
と言われることがあります。
「田舎で暮らしたい」
「会社を辞めて自由に働きたい」
「自然の中で子育てしたい」
そういう話をする人は、意外と多いです。
でも、実際に生活を変える人はほとんどいません。
以前の私は、それを単純に、
「やっぱり仕事を辞めるのは怖いんだろうな」
と思っていました。
あるいは、
「本当はそこまでやりたいわけではないんだろう」
と思うこともありました。
でも、「幸福にはいろいろな指標がある」と考えるようになってから、少し見方が変わりました。
もしかすると、その人たちも無意識のうちに、ものすごくたくさんのことを計算しているのではないでしょうか。
「田舎暮らしがしたい」は本心だと思います
例えば、
「田舎で家庭菜園をしながら暮らしたい」
という人がいます。
これはたぶん、本心なのだと思います。
庭のある家に住みたい。
自然の中で子どもを育てたい。
通勤電車に乗らず、自分のペースで仕事をしたい。
畑で野菜を作ったり、DIYをしたりして暮らしたい。
その生活を想像すると、本当に魅力を感じます。
だから「いいなあ」と思うのです。
でも、その人には今の生活もあります。
毎月決まった給料が入ってきます。
近くには友人がいます。
実家も近いかもしれません。
子どもは今の学校に通っています。
病院もスーパーも近くにあります。
会社には長年かけて築いた立場があります。
住宅ローンを払っているかもしれません。
田舎暮らしを始めるということは、それらの一部を手放すということでもあります。
つまり、
田舎暮らしへの憧れも本物。
今の生活を失いたくない気持ちも本物。
どちらかが嘘なのではありません。
両方とも本心なのだと思います。
人は「自由」だけを求めているわけではありません
幸福にはいろいろな要素があります。
自己決定感。
小さな成長。
必要とされている感覚。
身体を使うこと。
場所への愛着。
季節や生活のリズム。
人生に物語があること。
そして、自分で自分の暮らしを作っているという「作者感」。
田舎暮らしには、こうしたものを得やすい環境があります。
自分で生活を作る余白が大きいからです。
でも、都会の生活や会社員の生活にも、別の幸福があります。
安定した収入があります。
昔からの友人がいます。
会社で必要とされています。
便利な環境があります。
子どもの教育の選択肢も多くあります。
好きな店があります。
長年住んできた場所への愛着もあります。
つまり、人が田舎へ移住しないのは、
「変わる勇気がないから」
だけではありません。
今の生活の中にも、本人にとって大切な幸福がたくさんあるからなのだと思います。
「本気なら行動する」は少し乱暴です
よく、
「本当にやりたいなら行動するはずだ」
という言葉を聞きます。
確かに、そういう面もあると思います。
何年も「やりたい」と言い続けながら何もしないのであれば、そこまで優先順位が高くないこともあります。
でも、それだけでは説明できません。
人間は、一つの欲求だけで生きているわけではないからです。
自由になりたい。
でも、安定も欲しい。
自然の中で暮らしたい。
でも、便利な生活も好きです。
新しいことを始めたい。
でも、今の友人関係も失いたくありません。
仕事を辞めたい。
でも、今まで築いてきたキャリアも捨てたくありません。
これは優柔不断なのではなく、
複数の幸福を同時に守ろうとしている
とも言えます。
だから、
「そんなに田舎暮らしがしたいなら、引っ越せばいいじゃん」
という単純な話ではないのだと思います。
人生を全部変える必要はありません
ここまで考えて、私は一つ重要なことに気がつきました。
田舎暮らしに憧れている人が、本当に欲しいのは、
「田舎へ移住すること」そのものではないのかもしれません。
例えば、その人が欲しいのは、
自分で野菜を育てる生活かもしれません。
子どもと自然の中で過ごす時間かもしれません。
自分で家を直す経験かもしれません。
毎朝、鳥の声を聞きながらコーヒーを飲むことかもしれません。
仕事の時間を自分で決めることかもしれません。
自分が手がけたものに囲まれて暮らす「作者感」かもしれません。
つまり、田舎暮らしという大きなパッケージの中にある、いくつかの幸福が欲しいのです。
だったら、人生を全部変えなくてもいいのではないでしょうか。
会社を辞めなくてもいい。
家を売らなくてもいい。
いきなり移住しなくてもいい。
まず、その幸福だけを少し体験してみればいいのです。
「旅行」と「暮らす」の間
ここで、私が以前から考えていたことにつながります。
私は、田舎暮らしを体験できる場所を作りたいと思っています。
普通の旅行とは少し違います。
観光地を回って、ホテルに泊まって、数日後に帰る。
それでは、その土地で「暮らす」という感覚までは、なかなか分かりません。
一方で、
「では、移住してください」
ではハードルが高すぎます。
仕事があります。
学校があります。
家があります。
人間関係があります。
全部を捨てて試すには、人生への影響が大きすぎます。
だから、
「旅行」と「移住」の間
があってもいいと思います。
例えば、一週間。
あるいは一か月。
田舎の家で普通に暮らしてみます。
朝起きて、庭に出ます。
畑から野菜を取ります。
料理をします。
子どもと川へ行きます。
雨の日は家で過ごします。
庭の草を刈ります。
何か壊れたら直してみます。
近所の店へ買い物に行きます。
観光ではなく、生活をするのです。
そうすると、
「自分は本当にこういう暮らしが好きなのか」
が少しずつ分かってきます。
自分が欲しかった幸福だけ持ち帰ればいい
そして、面白いのは、
田舎暮らしが合わなくてもいい
ということです。
一か月暮らしてみて、
「やっぱり都会がいい」
と思うかもしれません。
虫が嫌だった。
車がないと不便だった。
店が少なすぎた。
人との距離が近すぎた。
それも立派な発見だと思います。
逆に、
「畑はものすごく楽しかった」
という人もいるかもしれません。
だったら都会に帰って、市民農園を借りればいいのです。
「DIYが楽しかった」なら、自宅の家具を作ってみてもいい。
「子どもと自然の中で過ごす時間がよかった」なら、週末の過ごし方を変えてみてもいい。
「仕事をしながら庭を眺める時間が好きだった」なら、働き方を少し変えてみてもいい。
つまり、
田舎暮らしそのものを持って帰る必要はありません。
そこで見つけた、自分にとっての幸福だけを持って帰ればいいのです。
人生を変える場所ではなく、人生を試せる場所
「移住」という言葉には、かなり大きな決断というイメージがあります。
仕事を辞める。
家を変える。
学校を変える。
生活を全部変える。
だから怖いのです。
でも、私が目指しているのは、
人生を変えることを要求する場所ではありません。
別の人生を、少しだけ試せる場所です。
家庭菜園をしてみる。
DIYをしてみる。
自然の中で子育てをしてみる。
自分が手をかけた野菜が育つのを見てみる。
そういう生活を一度経験してから、
「これは好き」
「これはいらない」
と選べばいいのです。
それなら、今持っている幸福を全部捨てる必要はありません。
「もう一つの道」があることを知る
私は、人生にはいろいろな道があると思っています。
都会で会社員として暮らす人生もあります。
田舎で自営業をする人生もあります。
二つの場所を行き来する人生もあります。
会社員をしながら畑をやる人生もあります。
一年のうち一か月だけ、別の場所で暮らす人生もあります。
どれが正解という話ではありません。
大切なのは、
自分にはどんな幸福が必要なのかを知ること
なのだと思います。
そのためには、頭の中で考えるだけでは分からないこともたくさんあります。
実際に土を触ってみる。
野菜を育ててみる。
何も予定のない一日を過ごしてみる。
そこで初めて、
「私はこれが好きだったんだ」
と気づくことがあります。
逆に、
「憧れていたけれど、自分には必要なかった」
と気づくこともあります。
どちらでもいいのです。
それが分かるだけで、人生の選択は少ししやすくなります。
私が目指している田舎暮らし体験も、単なる宿泊だけではなく、
「自分にとっての幸福を試す場所」
にできたら面白いと思っています。
人生をいきなり変えなくていい。
今の暮らしを否定する必要もありません。
ただ一度、
「もう一つの道を歩いた自分」
を試してみる。
そして気に入ったものがあれば、自分の生活に少しだけ持って帰る。
そんな場所があってもいいのではないでしょうか。
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